古書買取人までのストーリー。仕組まれた試練その8 これはある古書店で行われているフィクションの修業物語 古書買取 古本見積 大山堂書店

これはある古書店で行われているフィクションの修業物語

古本見積を自分だけで(前半)≫


若い店員は日曜日なのに休まず仕事に出てきた。

「今日の古書買取現場は高速道路を使うんでしたっけ?」

埼玉県と聞いていたから近いものだと思っていたら、関越自動車道に乗って、

本庄児玉ICで降りるとのこと。店長の知り合いからの古書買取依頼らしい。

「今度、一人で古書買取に行かせてくださいよ。店番ばかりじゃつまらないっすよ」

「何言っておる。古書の知識が実になり、流通の妙が身につくのに3年は必要だわい。
桃栗三年、柿八年というように『店売り三年、買い八年』じゃぞ」

「って、もう3年以上経ってんじゃないっすか?」

「そう、だから今日は日曜日なのに出てきてもらって、お前さんに一連の流れを
仕切ってもらうことにする。一人でどれくらいできるかただ見ておるからの」

「マジ、神!あざ~す。任せてください!」

と勇み喜んだ若い店員は気付いていただろうか、その神と呼ばれた店長が
悪魔のような笑みを口元に残していたことを・・・。


大きな家には初老の奥様だけが待っていた。亡くなったご主人の書籍を処分したい
とのことで、大きな仏壇のある部屋に案内される。

「ほら、あなた、みえたわよ。この方々があなたの本を引き取ってくれるんだって」

と仏壇横にある遺影に向かって話しかける。

遺影のご主人はポロシャツの襟を立てて業界人のようににっこりと笑っている。


「ご無沙汰しております。今日の古本査定はこの若造が行いますから」

「まぁ、イケメンじゃないの。うちの娘にどうかしら?あなた結婚しているの?」

「いえ。今は仕事一筋です」

やんわりと断ったつもりだが通じただろうか。

店長と奥様が奥で何かコソコソと話しているのが気になったが、
早速書棚の全体像を確認し、古本査定していく。


棚から書籍を手に取るたびに、
「ああ、その本は主人が貧乏の時に買って・・・」と思い出話が入る。

「あら、こんな懐かしい本が出てきたわ~。仏壇に置いておこうかしら」

お話し好きな人なら良くあることなのだが、たまに古書買取人が何か
窃盗など悪さをしないか監視しながら話し続けているなんてこともある。

見ず知らずの人を家の中まで入れるのだから警戒するに越したことはない。

しかし以前、顔写真を証拠として撮られたなんてこともあった。
逃げたり、ぼったくったりした際の起訴資料にするのだろうか。
店を構えている以上、逃げ出すこともできないのに・・・。

もちろん店長の知り合いの奥様だからそんなことはしないのだが
少々くどいというか鬱陶しい。

お茶を用意しに行っている間に、若い店員は店長に

「なんともやりづらい現場っすね」と、ぼやいた。

店長は苦笑いしながらも、値踏みをしていく若い店員の所作を満足そうに見守っていた。


どの満足なのかこの店長の場合、計り知れないのだが・・・。

≪後半につづく≫

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