古書買取人までのストーリー。仕組まれた試練その5 これはある古書店で行われているフィクションの修業物語 古書買取 古本見積 大山堂書店

これはある古書店で行われているフィクションの修業物語

≪前回からのつづき≫

若い店員が買取してきた膨大な古書を倉庫で仕分けをしていると、店長が「石」を持って作業場に入ってきた。

「お前に渡されたこの石はパンにはならなかったけど、御神体だと言って拝めば何かご利益があるだろうか?」

「は?今度は何の話っすか?」

「稲荷の社の中の御神体の石を引っぱり出し、変わりの石を入れておくといういたずらをした人物の話、聞いたことないか?」

相変わらず自由奔放に会話をし、作業の邪魔をする。

「店長、今ちょ~忙しいんですけど」

「彼にとって、神も悪魔も関係がなかったんじゃろ。人の上に人を作らないと言ってたし学問をすることをススメていたんだろうね。」

「うわ。うざっ!」

福沢諭吉のこととわかった時点でこの店長の粘質のある気まぐれにいつまで付き合わなければならないのかと、これが試練にさえ思えてくる。

「全集の巻数を揃えたり、書込みやシミなど状態を見ないといけないのに店長の自由さに付き合っていられません。」

「なんじゃ?人物が誰か答えがわからなくてイラついておるのか?」

「店長のわがままにイラついているんです」

率直にここまで店長に言えるようになるまで3年はかかった。お互いの信頼関係がなければ、ただの喧嘩となっているだろう。

「そういえば、『自由さ』と『わがまま』の違いって何だか知っておるか?」

短い沈黙のあとに店長はとぼけたようなことを聞いてきた。

「『人を妨げるかどうか』と【福沢諭吉】が言っておったぞ。あ!答え言っちゃった!」

「… …」

著書『学問のすすめ』のなかで、「自由と我儘との界は他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり」と書いてある。

これから仕分けでチェックしなければならない福沢諭吉全集の第三巻にも学問のすすめは収録されている。


店長が調べもので倉庫の奥に行ったため、ようやく若い店員は作業ができる。

福沢諭吉全集を一冊ずつ函から中身を出して見開きに月報が入っているも確かめていく。

22巻目の別巻を調べてみると、どうやら月報が入っていないようだ。

月報が揃っていないだけで価値が大きく下がってしまうため、

「店長、この別巻だけ月報が入っていません」と、奥にいる店長に聞こうとしたその瞬間、手にしていた別巻に挟まっていた別のものが目についた。


(へ?へそくりか?)


なんと、一万円札が一枚・・・。


若い店員は、ゴクリと唾をのみ込んだ。

本物かどうか確認しながら、ポケットにある財布までの距離を測っている。
実際の距離というより良心までの距離というところだろう。


店長が奥から戻ってきた。

若い店員は慌てて別巻を店長の前に差し出す。

差し出しておいて、何て言おうか迷っているところが往生際が悪い。

「あの。店長。この別巻に・・・」

この瞬間、店長がニヤリと笑ったように見えた。

「福沢諭吉全集の別巻には本来、月報は存在しないんだよ」

勝ち誇ったかのように話す店長に、なぜか安心する若い店員。

(どうやら一万円のことはわかっていないようだ)

このことである。

ホッとした顔を見て店長はさらにニヤリと意地悪そうに笑う。

「そうそう、神と悪魔の違いってなんだか知っておるか?」

「は?福沢諭吉が言っていたのですか?」

「いや、誰が言ったかしらんが覚えておいたほうがよい。
『神は試練を与え、悪魔は誘惑を与える』のだそうじゃ」

若い店員の背中にゾッと寒いものが走ったような気がした。

(ああ、この人は気付いている)

「あの~店長。実はこの別巻に一万円札が挟まっていたのですが・・・」

と、観念したように取り出した一万円札の福沢諭吉がニヤリと笑いかけているように感じた。

「試練、いや、誘惑に打ち勝てたと思うか?」

店長はその一万円札を取り上げ、すぐ自分の財布に入れた。

もし本当にへそくりだったらそんなことをしない店長だとわかっているからこそ、
これが仕組んであったことだとはっきりとわかった。

「申し訳ございません・・・」

「ふっ、お前もまだまだじゃの」

若い店員は恥じ入った。

この倉庫にあるすべての書籍をきちんと仕分けて商品にし、店番しながら
売りさばいていくことで挽回していこうと心に誓ったのであった。

若い店員の修業はまだまだつづく。

店長が次の修業のためにどんな仕組みを仕込んでいるかも知らずに・・・。

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ああ~諭吉さんがいっぱいのへそくりが入った本ないかな~

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