古書買取人までのストーリー。仕組まれた試練その7 これはある古書店で行われているフィクションの修業物語 古書買取 古本見積 大山堂書店

これはある古書店で行われているフィクションの修業物語

≪前回からの続き≫

店番の暇な時間帯を狙った強盗によって、お金をレジからすべて抜かれるところを目の当たりにし、若い店員はあきらめの視線を宙に結んだ。

自然と古書への想いが脳裏を駆け巡る。
 
棚にきっちりと並んで、けなげに読んでもらうのを待ち続ける古本達。

背表紙の活字から出る色気がお客の心を魅了してやまない。

この前なんか魅力的な値札を武器に、愛らしくお客の手を引き寄せているのも見た。

その彼女たち(?)は愛されないと埃をかぶってしまうのだ。だから、いつも『愛のはたき』でメイクとドレスアップをし、いつでも嫁にいけるように、いや、買ってもらえるようにしている。

「レジにあるのはこれだけか、少なすぎやないかい。おい、質屋みたいに買い取りの金を用意してるんやないのか。はよ、それを出さんかい、こら」

その彼女達が身を呈して作ってくれたお金をこの猫背の中年強盗に持っていかれると思うと無性に悔しく、同時に情けなくなってくる。

と、その時、


「ドサッ、ドサドサ、バサーッ。」

レジのすぐ横の古い棚が崩れだし、漱石全集が強盗の頭上に・・・。

どうやら、若い店員の気持ちが棚に並んでいる彼女達に通じたらしい。

函に入った全集本の角というのは結構痛い。強盗は唸り声をあげてうずくまってしまった。かがんだ拍子に強盗のポケットから飛び出した千円札の夏目漱石がほほ笑んでいるように見えた。


「ちきしょう・・・。おぼえてやがれ」

三文役者の常套句のような捨て台詞をして出ていこうとするのを、若い店員は捕まえようとした。

「痛っ、いたたた。なんでやねん。話がだいぶ違うやないか」

話?

違う?


何のことかと思った時に、店先から店長が入ってきた。

「あ!店長。この人、強盗です!捕まえてください」

その言葉を無視するかのように、店長は強盗に優しく諭し始めた。

「『ちきしょう。おぼえてやがれ』じゃなくて、こいつをしばらく動けなくさせるよう『跡を追ったらこの店に火つけたるからな!』くらいにしないと試練にならないじゃろ・・・」

「へい。すんません。久しぶりに役者を演じて自分が興奮してしまいやした」

は?

「店長、これってもしかして」

「何でおまえは自分で捕まえようとするんじゃ!すぐに警察署の防犯課に連絡するか、防犯カメラに任せといたらいい。そもそも来店時の怪しさ・手袋等に警戒しなかったのが今回の敗因じゃの。おまえもまだまだ修行が足りんの~」

若い店員は興奮が冷めやらず、店長に対して怒ることも呆れることもできずに呆然としている。


「でも、漱石のくだりはよかったの。まさか漱石全集が頭上に降ってくるなんて思わなんだ。これがほんまの『降る本や』だわい。がははは」

若い店員に殺意が芽生えかねない使い古しの親父ギャグ。

これは本当に若い店員への愛ある試練なのだろうか。

それともただ店長の娯楽なのではないだろうか。


若い店員の修業はまだまだつづく。

店長が次の修業のためにどんな仕組みを仕込んでいるかも知らずに・・・。

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